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大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)63号 判決 1985年10月09日

主文

本件控訴を棄却する。

差戻前及び後の控訴審並びに上告審における訴訟費用は全部控訴人の負担とする

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  主文一項と同旨

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

なお、被控訴人は、差戻前の控訴審において、請求の趣旨一項(原判決一枚目裏八行目から一〇行目まで)を、「控訴人は被控訴人に対し金二三〇〇万円及びこれに対する昭和五五年六月一二日からその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」と減縮した。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は昭和四六年ころから訴外亡水谷善吉(以下「水谷」という。)と内縁関係にあり、肩書住所地で同居していたが、同人は昭和五二年一〇月二六日訴外三井生命保険相互会社(以下「三井生命」という。)との間で、水谷を被保険者、被控訴人を保険金受取人とする生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

2  被控訴人は、水谷から右契約締結の事実をその直後に告げられ、以来同人に代つて保険料の支払を続けてきたところ、同人は昭和五四年二月七日死亡し、被控訴人は同年五月二四日三井生命から一時保険金として金二〇〇〇万円の支払を受け(内金八〇〇万円については被控訴人ほか三名名義の定額郵便貯金とし、内金五〇〇万円については被控訴人ほか一名名義の定期預金として、定額郵便貯金証書四通、定期預金証書二通を所持)、年賦払分保険金一〇〇〇万円については、五年の年賦払とする旨の年金支払証書の交付を受けた(右各証書をあわせて、以下「本件預貯金証書」という。)。

3  ところが、被控訴人は控訴人らから、右保険金は控訴人が受取るべきもので被控訴人が受取つてはならないと強く責められ強迫されたため、やむなく本件預貯金証書を控訴人に交付した。すなわち、

(一) 控訴人の使者と称する訴外笹内昭和、同宇戸平正博の両名は、昭和五四年八月三〇日午後八時三〇分ころ突然被控訴人方を訪れ、被控訴人に対し、「水谷の保険金を受取つたのか。」、「この保険金は大畑(控訴人)が受取るようになつている。早く大畑に詫びないと大変なことになる。」などと声高に申向け、控訴人方事務所に同道するよう強要した。このため被控訴人はこれに従わなければいかなる危害を加えられるかも知れないと思い、やむなく右笹内らの車に同乗して同夜一〇時ころ新宮市内の控訴人方事務所に赴いた。

(二) 控訴人は、同所において、被控訴人に対し、右保険金は控訴人が受取るべきものであり、これを被控訴人が受取つたのは詐欺罪に該当するなどと繰り返えして執拗に責め立て、右保険金三〇〇〇万円をすぐ持参するよう申向け、被控訴人が金三〇〇〇万円のうち金七〇〇万円はすでに使つてしまい、残金が預貯金と年金支払証書になつている旨答えると、控訴人はさらにその預貯金と年金支払証書とをすぐ持参するよう大声で強要した。

(三) このため、被控訴人は、右笹内、宇戸平の車で同夜午後一一時三〇分ころ帰宅し、右両名に強要されるまま、本件預貯金証書(合計金二三〇〇万円)とこれらの払戻、受領用の印鑑を交付した。

(四) さらに、右笹内、宇戸平の両名は翌三一日被控訴人方を訪れ、預金の届出印が違つていたとして該当する印鑑及び印鑑証明書の交付を求めたため、被控訴人はやむなく該当する印鑑を交付するとともに紀宝町役場に電話して印鑑証明書を発行して右笹内らに手渡すよう依頼した。

(五) かくして、控訴人は、本件預貯金証書と右印鑑により昭和五四年八月三一日定額郵便貯金八〇〇万円、定期預金五〇〇万円の払戻を受け、同年九月一二日年賦払分保険金について一括払として金八九二万一四八〇円の支払を受けた。

4  しかしながら、本件保険契約における保険金受取人は被控訴人であり、被控訴人は正当な権利の行使として三井生命から右保険金の支払を受けたものであつて、三井生命が被控訴人に保険金を支払つたこと及び被控訴人がこれを受領したことについては何らの違法もない。被控訴人は控訴人に対し連帯保証債務その他いかなる債務も負担していないのみでなく、受益の意思表示をしてすでに右保険金を受領しており、また、本件保険契約において水谷は保険金受取人を変更する権利を留保していなかつたものであり、仮に留保していたとしても、保険金受取人を被控訴人から控訴人に変更する旨の意思表示をしたことはなかつたから、控訴人は被控訴人から右保険金を受取るべき権利はなく、被控訴人は控訴人に対し右保険金ないし本件預貯金証書を引渡すべき義務はない。したがつて、控訴人は被控訴人から交付を受けた本件預貯金証書等により支払を受けた金二三〇〇万円を法律上の原因なくして不当に利得したものというべきであるから、これを被控訴人に対し返還すべき義務がある。

5  よつて、被控訴人は控訴人に対し不当利得金二三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五五年六月一二日からその支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  控訴人の答弁及び主張

1  請求原因1の事実及び同2の事実中、水谷が被控訴人主張の日死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。水谷は控訴人に対し金三〇〇〇万円の債務を負担していたので、万一の場合を考え、控訴人の求めに応じ、控訴人の紹介した三井生命外務員広野春夫を通じて本件保険契約を締結したものである。

2  同3冒頭の事実は否認する。(一)の事実中、訴外笹内、宇戸平の両名が被控訴人主張の日被控訴人方を訪れたこと、右笹内らが被控訴人において水谷の生命保険金を受取つたかどうかを確かめたこと、被控訴人が同日右笹内らの車に同乗して控訴人方へきたことは認めるが、その余の事実は否認する。被控訴人は、「大畑(控訴人)に謝らねばならないから連れて行つてほしい。」といつて自ら進んで控訴人方を訪れたものである。

同(二)の事実は否認する。被控訴人は控訴人に対し、「保険証券も大畑に渡してあるのに、勝手に手続をして保険金を受取つたことは申訳けありません。」と謝罪したうえ、「残額は郵便局と銀行に預金してあるので、明日にでも引出して持つてきます。」と述べて、自ら水谷の借金を弁済する意思を表明した。その際、被控訴人は、控訴人が水谷から手交されていた保険証券や念書を確認している。

同(三)の事実中、被控訴人が笹内らの車で帰宅し、本件預貯金証書を同人らに交付したことは認める。被控訴人は、「預金した時のことを考えると、銀行や郵便局へ行つて引出すのが恥かしいから。」といつて、自ら本件預貯金証書や印鑑を笹内らに預け、控訴人に渡すよう依頼したものである。

同(四)の事実は否認する。笹内らが預金先の第三相互銀行新宮支店で右預金を引出そうとしたところ、同行職員は被控訴人の勤務先に電話をかけ、その任意の意思に基づく引出しであることを確認した。その後右笹内らは右行員と被控訴人との打合せに従つて被控訴人方に赴き、委任状を受取り、かつ、印鑑証明書の発行を得たものである。

同(五)の払戻、支払の事実は認める。

3  同4の事実はすべて否認する。

(一) 連帯保証債務の履行

被控訴人は連帯保証債務の履行として、前記生命保険金三〇〇〇万円から金七〇〇万円を控除した残額を本件預貯金証書をもつて任意に支払つた。すなわち、

(1) 水谷は昭和五二年一〇月ころまでに控訴人に対し、次のとおり、手形割引、手形貸付もしくは証書貸付による合計金三一〇〇万円の債務を負担していた。

〈省略〉

(2) 控訴人は同年一〇月下旬ころ水谷から右手形割引等による債務のうち金一〇〇万円と利息の支払を受け、同人との間で残り金三〇〇〇万円の債務につき、これを同人に対する貸金とする準消費貸借契約を締結し、その際被控訴人は水谷の控訴人に対する右債務につき連帯保証した。その後水谷は同年一一月二日同人振出、連帯保証人を被控訴人とする金額三〇〇〇万円の約束手形一通(乙第一号証)を控訴人に交付した。

(3) 仮にそうでないとしても、水谷は、被控訴人の代理人として、控訴人との間で、右債務につき連帯保証契約をした。すなわち、被控訴人は昭和五一年七月ころから水谷に対し、自己の実印を交付し、自己の事実上及び法律上の行為を委せていたものであり、連帯保証契約の締結についても水谷に対し代理権を授与していた。

(4) 仮にそうでないとしても、被控訴人は、(ア)昭和五一年七月一九日水谷の控訴人に対する債務を担保するため、自己所有の建物につき、根抵当権設定登記手続等をするのに必要な印鑑証明書の交付を受ける代理権を水谷に授与するとともに、自己の印鑑を交付し、同時に控訴人との間の同年同月二〇日付根抵当権設定契約及び同日付代物弁済予約の締結並びにこれらを原因とする根抵当権設定登記、所有権移転請求権仮登記手続をする代理権を授与し、(イ)同年一〇月二六日控訴人との同日付解除を原因とする右登記及び仮登記の各抹消登記手続をするにつき、その代理権を水谷に授与し、自己の印鑑を同人に交付し、(ウ)さらに、同日東弘に対する水谷の債務を担保するため、右建物について、所有権移転登記手続に要する印鑑証明書の交付を受ける代理権を水谷に授与するとともに、自己の印鑑を交付し、同時に東弘との間に、同月二九日付譲渡担保契約の締結及び右所有権移転登記手続をする代理権を水谷に授与した。

控訴人は、水谷において、被控訴人を代理して、連帯保証契約を締結する権限が授与されていると信じ、かつ、そう信じるについて正当な理由があつた。したがつて、被控訴人は連帯保証人としての責任がある。

(5) 仮にそうでないとしても、控訴人は昭和五二年一二月以降再三にわたり水谷及び被控訴人に対し債務の支払を請求しており、その際被控訴人は連帯保証債務を負うことを認め、追認した。

(二) 質権の設定

水谷は、昭和五二年一一月ころ控訴人に対する金三〇〇〇万円の債務を担保するため、同人が三井生命に対して有する保険契約上の権利に質権を設定し、そのころ控訴人に対し保険証券(乙第四号証)を交付した。

(三) 保険金受取人の指定の変更

仮にそうでないとしても、水谷は本件保険契約において保険金受取人の変更の権利を留保していたところ、昭和五三年三月ころ、「私の生命保険金は私が万が一の事故の場合は保険金を受取つて下さい。」と記載した控訴人宛の念書(乙第三号証)を保険証券とともに控訴人に交付して、保険金受取人の指定を被控訴人から控訴人に変更する旨の意思表示をした。

(四) 第三者の弁済

仮にそうでないとしても、被控訴人は、水谷が生命保険に加入したうえで、右念書と保険証券を控訴人に交付していたことを知悉していたので、本件預貯金証書を交付することによつて、水谷に代つて同人の控訴人に対する債務を任意に弁済したものである。

(五) 不当利得の不存在

控訴人は本件預貯金証書により払戻、支払を受けた後、被控訴人に対し、水谷の債務の内金の領収である趣旨を明記した領収書を交付し、同時に控訴人の水谷に対する債権証書である金額金三〇〇〇万円の約束手形(乙第一号証)を交付した。したがつて、控訴人は水谷に対する債権証書を所持しておらず、同人の相続人に対し債権回収の手段を失うに至つており、控訴人には不当利得は存在しない。

三  控訴人の主張に対する被控訴人の認否

すべて争う。

1  被控訴人は、水谷振出の金額金三〇〇〇万円の約束手形(乙第一号証)に連帯保証人として署名押印した事実はない。右手形の「清水ケイ子」の筆跡部分は、水谷が記載したと思われる保険証券(乙第四、五号証)、印鑑証明交付申請書代理人選任届(乙第二四、二五号証)の「清水ケイ子」の筆跡と明らかに異つており、後日何者かによつて偽造されたものと推測される。また、被控訴人は須川英安振出の約束手形(乙第一二号証)や連帯借用証書、承諾書、委任状(乙第一五号証の一及び四、五)にも署名押印した事実はなく、いずれも偽造されたものである。

2  控訴人が水谷において署名押印したと主張する念書(乙第三号証)の「水谷善吉」の筆跡は、保険証券(乙第四、五号証)、約束手形(乙第一号証、第八、九号証、第一一号証、第一四号証)などに記載された水谷の筆跡と明らかに異つており、後日何者かによつて偽造されたものと推測される。

仮に水谷が控訴人に対し受取人変更の意思表示をしていたとしても、被控訴人は、本件保険契約につき水谷に対し受取人としての利益を享受する旨の意思表示をし、同人に代つて保険料の支払を続けてきたものであり、同人は民法五三八条、一条一項により被控訴人の意思に反して受取人の変更をなし得ず、受取人変更の意思表示をもつて被控訴人に対抗し得ない。また、受取人変更の意思表示は、保険約款及び商法六七七条により保険者である三井生命に対して通知しなければ対抗し得ないところ、三井生命に対し何らの通知もなされていない。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  被控訴人の請求原因1の事実及び同2の事実中、水谷が昭和五四年二月七日死亡したことは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、第四号証の一ないし四、乙第五号証、成立に争いのない乙第四号証、原審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認めうる甲第二号証の一、二、差戻前の控訴審証人広野春夫の証言並びに原審、差戻前の控訴審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、本件保険契約は昭和五二年一〇月二六日締結されたもので、災害による死亡の場合は一時保険金が金二〇〇〇万円、年賦払分保険金が五年間金二〇〇万円宛均等払の合計金一〇〇〇万円とされるものであつたこと、水谷は自宅で灯油ストーブを操作中に死亡したため災害死と認定されたこと、水谷の死後二〇日位して被控訴人は、保険証券が自宅になかつた(後記のとおり控訴人の手許にあつた。)ため、その再発行を受けたうえ、保険金の支払を請求し、昭和五四年五月二四日三井生命から訴外株式会社第三相互銀行新宮支店の被控訴人名義の普通預金口座に、一時保険金二〇〇〇万円が振込入金されたこと、被控訴人は翌二五日右預金口座から金一九五〇万円を引出し、内金八〇〇万円を自己や親族の名義で四口に分けて定額郵便貯金とし、内金五〇〇万円を自己と子の名義で右相互銀行に定期預金として預け入れ、その余は他への借財返済などに当てたこと、また、年賦払分保険金一〇〇〇万円については、五年の年賦払とする旨の年金支払証書(右保険証券に昭和五五年から毎年二月七日に金二〇〇万円宛支払う旨記入したもの)がそのころ被控訴人に発行交付されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  次に、本件預貯金証書が被控訴人から控訴人へ、どのような経過から、どのような目的で交付されたかについて検討するに、訴外笹内昭和、同宇戸平正博の両名が昭和五四年八月三〇日夜被控訴人方を訪れたこと、右笹内らが被控訴人において水谷の生命保険金を受取つたかどうかを確かめたこと、被控訴人が同夜右笹内らの車に同乗して控訴人方へ赴き、控訴人と面談したこと、被控訴人が笹内らの車で帰宅し、本件預貯金証書を同人らに交付したこと、控訴人が本件預貯金証書と印鑑により預貯金の払戻を受け、年賦払分保険金について一括払請求しその支払を受けたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、本件預貯金証書の交付が控訴人らの強要によるものである旨主張し、原審、差戻前の控訴審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中には、これに副うごとき部分がある。しかしながら、原審証人辻本勤、同笹内昭和の各証言及び前記被控訴人本人尋問の結果を総合すると、

1  被控訴人は、笹内らが昭和五四年八月三〇日夜訪ねた際、一〇分間ばかり座をはずして外出していたこと、被控訴人の肩書住所地の近くには両親のほか、姉弟らがそれぞれ世帯をもつて暮らしており、その気になれば援助救援を求めることが困難ではなかつたこと

2  同夜控訴人方から帰宅した際、被控訴人は本件預貯金証書のほか、普通預金通帳(保険金の振込送金を受けた口座のもので、三六万円余が残つていた。)をも笹内らに手渡したが、同人は被控訴人の生活費にも要るだろうからと右通帳のみは受取らなかつたこと

3  笹内と控訴人方の使用人大西大が、翌三一日預金を引出しに行つた際、前記相互銀行の行員は、被控訴人の勤務先に電話をかけて被控訴人の意思を確認するとともに、印鑑が違うとして届出印を使用した委任状の交付を求めたこと、これに対し被控訴人は払戻金を笹内らに交付してくれるようにと答えたうえ、届出印などを交付するため昼の休憩時間中に帰宅して交付する旨答えたこと、そして被控訴人は昼休み時間に一たん帰宅し、訪ねてきた笹内らに届出印を手交し、かつ、同人らに委任状作成も委ねたこと、被控訴人はその際笹内らから年賦払分保険金の一括払請求をするのに印鑑証明書が要るので発付を受けてほしい旨申込まれ、紀宝町役場に勤務している弟に電話し、笹内らに印鑑証明書を交付するよう依頼したこと、また、被控訴人はこのとき前記普通預金通帳を笹内らに手渡し、三六万円余の残額全部をついでに引出してきてくれるように頼んだこと

4  笹内らは同日右委任状や印鑑を使用して右相互銀行から定期預金二口金五〇〇万円を解約受領したが、その際被控訴人に頼まれた右普通預金も全部引出し、同日中にこれを被控訴人宅へ届けたこと、被控訴人はこのとき笹内に自宅で穫れた生姜を謝礼代りに渡したこと

5  控訴人はそのころ前記年賦払分保険金一〇〇〇万円について、一括払を請求したが、三井生命からの同年九月一二日付の一括払通知書がそのころ被控訴人宅に送られてきたので、被控訴人はこのことを控訴人に連絡して右通知書を控訴人に交付したこと

を認めることができ、以上認定の事実からすると、被控訴人は女性であり相手は男性二名ないし三名であり、いわば多勢に無勢であること、時間が深夜にわたつていることを考慮しても、被控訴人が控訴人らに強迫され、控訴人らを畏怖する余り本件預貯金証書等を交付したものとまでは解されず、むしろ右の3、4、5の行為は被控訴人の自由な意思に出たものといわねばならない。

しかしながら、他方、前掲各証拠と原審、差戻前の控訴審及び当審における控訴人(当審は第一回)本人尋問の結果をあわせて考察すると、笹内、宇戸平の両名は、昭和五四年八月三〇日夜予告もなしに突然被控訴人方を訪れ、被控訴人に対し、「水谷の保険金を受取つたのか。」、「受取つたことは判つている。」、「それは大畑(控訴人)が受取ることになつている。」などと申向けたうえ、控訴人に対する釈明を求めたこと、控訴人もまた、控訴人方に赴いた被控訴人に対し、水谷作成の念書(乙第三号証)や水谷から交付されていた保険証券(乙第四号証)を示しながら、保険金は控訴人が受取るべきものであつたと繰返えし述べてその交付方を要求し、さらに、被控訴人が金一三〇〇万円は預金してあり、金一〇〇〇万円は年賦払となつており、金七〇〇万円は使つてしまつた旨答えると、右金七〇〇万円の使途なども問い訊したこと、控訴人はその挙句、本件預貯金証書をすぐ引渡すよう求め、右金七〇〇万円については被控訴人が女性であるから不問に付すこととするが、支払つた相手の領収書を見せるようにと求めたこと、そして、被控訴人も金七〇〇万円は返えせないと詫びたうえ、「今あるだけはお返しします。」と答えたこと、同日被控訴人が笹内らに本件預貯金証書等を手渡した際、笹内は被控訴人が差出した前記の普通預金通帳を前記のとおり返えしたが、このとき被控訴人はすでに使つてしまつた金七〇〇万円について、その相手からの領収証を笹内に示し、細かな使途については口頭で説明し、同人がメモをしたことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。右認定の事実からすると、被控訴人は右の保険金は被控訴人が受領してはならず、控訴人が受取るべきものであつたと控訴人らから責められて、ただちに控訴人に返えさねばならないものと思いこんだため、本件預貯金証書等の交付に及んだものと認めるのが相当である。

しかして、前記甲第四号証の一ないし四、成立に争いのない乙第六号証、差戻前の控訴審における控訴人本人尋問の結果により成立を認めうる乙第一八号証の二、当審における控訴人(第二回)本人尋問の結果により成立を認めうる乙第二七号証の二、原審証人笹内昭和、同辻本勤の各証言によると、控訴人は、笹内及び大西を介して本件預貯金証書や印鑑を使用し、昭和五四年八月三一日定額郵便貯金八〇〇万円、前記相互銀行定期預金五〇〇万円を引出してその利息を含む合計金一三〇七万六五一九円を受領し、年賦払分保険金一〇〇〇万円については、一括払を請求して同年九月一二日金八九二万一四八〇円を受領したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三  被控訴人は本件預貯金証書の交付は、法律上の原因に基づかない旨主張するので、まず、被控訴人が水谷の控訴人に対する債務につき連帯保証したか否かについて検討する。

1  成立に争いのない乙第二号証、原審における被控訴人、控訴人各本人尋問の結果及びこれらにより原本の存在及び成立を認めうる乙第一号証(ただし、被控訴人作成部分を除く。)、同第三号証、差戻前の控訴審証人広野春夫の証言によると、水谷は手形ブローカーのごとき仕事をし、金融業者である大畑商事こと控訴人方に出入りしていたものであること、水谷は昭和五二年一一月二日付で、金額金三〇〇〇万円、支払期日同年一二月二日、支払場所大畑商事とする約束手形一通(乙第一号証)を振出し控訴人に交付していたこと、水谷は、昭和五三年三月付(日付なし)で「大畑(控訴人)の紹介により三井生命の外交員広野に加入した私の生命保険金は私が万一事故の場合には保険金を受取つて下さい。」と記載した控訴人宛の念書(乙第三号証)を控訴人に交付していたこと、外交員広野とは控訴人方に出入りする三井生命の保険外交員広野春夫のことであり、右にいう生命保険とは被控訴人が保険金を受領した本件保険契約のことであること、また、水谷は右の保険証券も控訴人に交付し、控訴人がこれを保管していたことが認められる。被控訴人は右念書の「水谷善吉」の筆跡は、保険証券、約束手形(乙第一号証)などに記載された水谷の筆跡と明らかに異つており、後日偽造されたものと推測されると主張し、当審における被控訴人本人尋問の結果はこれに副うものであるが、右本人尋問の結果は前掲各証拠、差戻前の控訴審及び当審における控訴人(当審は第一回)本人尋問の結果に照らしたやすく措信しがたく、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

ところで、控訴人本人は、原審において、水谷が持ちこんだ約束手形六通(乙第八ないし一三号証)を控訴人が割引き、これを一本にまとめたものが前記金額金三〇〇〇万円の約束手形(乙第一号証)である旨供述するところ、そのうち、榎本久振出の金額金五〇〇万円の手形(乙第一〇号証)、宇戸平正博振出の金額五〇〇万円の手形(乙第一三号証)には水谷の裏書がなく、しかも控訴人の右供述によると、右榎本は当時担保力もあつたというのであるから、その満期日昭和五四年八月二一日から一年一〇か月も前に裏書人でもない水谷の債務として一本化する必要があつたとは考えられないし、右宇戸平は本件時も控訴人の使者として行動しているほどの人物であつて裏書もなしに水谷がその債務として一本化するというのも甚だ不自然である。

ところが控訴人本人は、差戻前の控訴審において、その供述内容を変更し、榎本振出の手形(乙第一〇号証)については、これを担保として、水谷振出の金額金五〇〇万円の手形(乙第一四号証)により同人に対し手形貸付をしたものであり、また、宇戸平振出の手形(乙第一三号証)については、これを担保として、債務者水谷、連帯保証人被控訴人の連帯借用証書(乙第一五号証の一)により、水谷に対し金五〇〇万円の証書貸付をしたものである旨供述する。しかしながら、榎本振出の手形及び水谷振出の手形の振出日はいずれも昭和五二年八月三〇日であるが、その満期日は後者が同年一〇月三〇日であるのに対し前者は昭和五四年八月二一日であつて、かかる手形を担保として後者の手形により貸付をすることは不自然であるのみならず、榎本振出の手形は、受取人大西大が直接控訴人を被裏書人として裏書譲渡しているものであつて、手形面からは水谷が右手形を取得して、これを控訴人に担保として交付したものとは解しがたく、また、連帯借用証書の作成日付は昭和五二年七月二六日であるところ、宇戸平振出の手形の振出日は同年九月二五日であつて、右手形を担保として同年七月二六日ころに証書貸付することも通常あり得ないことであつて(この点控訴人本人は、差戻前の控訴審において、宇戸平振出の手形は担保として取得した手形の書替手形であると述べるなどして、一応説明の辻棲を合わせているが、たやすく措信しがたい。)、結局控訴人本人の供述内容の変更は恣意的にすぎるといわざるを得ない。

さらに控訴人本人は、水谷が手形割引、手形貸付もしくは証書貸付による控訴人に対する債務について、万一の場合を慮つて本件保険契約を締結したとも供述するが、本件保険契約は、最高額の須川英安振出の金額金二五〇〇万円の手形(乙第一二号証)の満期日で、かつ、これらの手形を一口にまとめたという水谷振出の金額金三〇〇〇万円の手形(乙第一号証)の振出日である昭和五二年一一月二日よりも以前に締結されたものであること、右保険金の受取人は控訴人でないこと、本件保険契約では保険金三〇〇〇万円のうち金一〇〇〇万円は年賦払とされており、債権回収手段としては適当でないこと、前記念書は昭和五三年三月付のものであることなどに照らすと、右供述には疑問がある。控訴人本人の供述は、結局のところ、前後矛盾し不合理なものであつて、そのすべてを信用することはできない。

しかしながら、以上の点はともかくとして、前認定のとおり、金額金三〇〇〇万円の手形(乙第一号証)は水谷が振出したものであることが明らかであるし、また、水谷は、前記のような文言を記載した念書(乙第三号証)を控訴人に差入れていたことからすると、水谷は控訴人に対し、金三〇〇〇万円には達しないまでもこれに匹敵するような額の債務を負担していたものといわざるを得ない。

2  次に、控訴人は、水谷の右債務につき被控訴人が連帯保証した旨主張し、水谷振出の金額金三〇〇〇万円の手形には、連帯保証人として被控訴人作成名義の署名押印があり、また、須川英安振出の手形(乙第一二号証)の裏書欄連帯借用証書(乙第一五号証の一)の連帯保証人欄、承諾書(同号証の四)、委任状(同号証の五)の各氏名欄にも被控訴人作成名義の署名押印が存在するうえ、原審、差戻前の控訴審及び当審における控訴人(当審は第一回)本人尋問の結果中には、水谷が金額金三〇〇〇万円の手形を振出した際、また、昭和五二年七月二六日控訴人から金五〇〇万円を借受けた際には、被控訴人も水谷と同道して控訴人方事務所を訪れ、連帯保証人としていずれの場合も自ら押印した旨の供述部分がある。

しかしながら、原審、差戻前の控訴審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は電気部品会社に組立工員として勤務していたものであり、水谷は山林ブローカーなどをしていたものであること、水谷と被控訴人は事実上の夫婦として生活しており、水谷が被控訴人の印鑑を持出すことも容易であつたことが認められ、被控訴人が水谷と控訴人方まで同道しながら、ことさら水谷が被控訴人の署名を代行したうえで、被控訴人が自ら押印すべき事由も窺えないこと、その他前述した控訴人の供述の信憑性の程度などに照らすと、控訴人本人の右供述は採用しがたく、前記被控訴人本人尋問の結果に徴すると、前記約束手形、連帯借用証書等(乙第一号証、第一二号証、第一五号証の一、四及び五)の被控訴人作成名義部分は、その署名のみならず押印もすべて水谷によつてなされたもので、被控訴人の関知するところではなかつたものと認められる。

3  次に控訴人は、被控訴人が水谷に対し連帯保証契約の締結について代理権を授与していたと主張するから、この点について検討するに、成立に争いのない乙第七号証によると、被控訴人所有名義の建物(紀宝町神内字猿口八八三番地所在、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅三一・四五平方メートル)について、(一)昭和五一年七月二三日受付をもつてなされた同月二〇日設定の極度額金一〇〇万円、債務者水谷、根抵当権者控訴人の根抵当権設定登記、同月二二日受付をもつてなされた同月二〇日代物弁済予約を原因とする権利者控訴人の所有権移転請求権仮登記、(二)同年一〇月二八日受付をもつてなされた同月二六日解除を原因とする右根抵当権設定登記の抹消登記及び同月二八日受付をもつてなされた同年七月二二日合意解除を原因とする右仮登記の抹消登記、(三)同年一〇月二九日受付をもつてなされた東弘に対する同日譲渡担保を原因とする所有権移転登記がそれぞれ経由されていることが認められ、乙第一九号証の一、二、四ないし六、第二〇号証の一ないし三、第二一、二二号証の各一、二、第二三号証の一ないし三の各存在、成立に争いのない乙第一九号証の三、第二三号証の四によると、右各登記申請手続に要する書類のうち、右根抵当権設定登記手続及び仮登記手続については、その委任状(乙第一九、二〇号証の各二)に被控訴人名義の署名押印があり、かつ、これに被控訴人名義の印鑑証明書(乙第一九号証の三)が添付されており、右各登記の抹消登記手続及び右譲渡担保を原因とする所有権移転登記手続についても、それぞれその委任状(乙第二一、二二号証の各二、第二三号証の三)に被控訴人の署名押印があり、かつ、後者の委任状には、被控訴人の印鑑証明書(乙第二三号証の四)が添付されていることが認められる。

しかしながら、水谷は被控訴人と事実上の夫婦であつて、容易に被控訴人の実印を持出せる状況にあつたことは前認定のとおりであつて、原審及び差戻前の控訴審における被控訴人本人尋問の結果に照らすと、右乙号各証の存在や水谷が被控訴人の実印を所持していたことをもつて、被控訴人が水谷に対し、控訴人が主張するような登記申請等の代理権を授与したものと認めることは困難といわなければならず、他に被控訴人が水谷に実印を交付し、事実上及び法律上の行為を委せていたとの控訴人の主張を認めうべき証拠はない。また、控訴人は右主張事実を前提とし、水谷が被控訴人を代理し、昭和五二年七月二六日水谷の控訴人に対する金五〇〇万円の借入債務、ついで同年一一月二日水谷が控訴人との間でなした金三〇〇〇万円の準消費貸借契約による債務について連帯保証をした旨主張するが、右のとおり前掲各証拠からは、被控訴人が水谷に対し右代理権を授与したものと推認することはできず、他に個別的に被控訴人が水谷に対し右保証契約を締結すべき代理権を授与したことを認めうべき確証もない。控訴人のこの点の主張は理由がない。

4  次に、控訴人は、水谷に右代理権が認められないとしても、控訴人は、水谷において被控訴人を代理する権限があると信じ、かつ、そう信じるについて正当な理由がある旨主張する。

しかしながら、前掲各証拠によつては、いまだ基本代理権の存在を認めることはできず、他にこれを認めうべき証拠はない。しかも被控訴人は前認定のとおり電気物品会社に勤務する組立女子工員であるから、このような者が金五〇〇万円、さらには金三〇〇〇万円もの多額の債務の保証をするような場合、金融業者である控訴人としては、被控訴人に対しその意思を調査、確認する義務があるというべきところ、控訴人が右義務を尽したことを認めうべき証拠はない。そうすると控訴人が主張する右正当事由も認められないから、結局のところ、控訴人の右表見代理の主張も理由がない。

5  さらに控訴人は、被控訴人が水谷の無権代理行為につき追認した旨主張し、原審における控訴人本人尋問の結果中には、控訴人からの度々の催促に対し、被控訴人もまたその責に任ずる旨述べたとの供述部分がある。しかしながら右供述は前認定の控訴人の供述の信憑性の程度などに照らし、たやすく措信しがたく、他に被控訴人が水谷の無権代理行為につき追認したことを窺わせるような事情は認められない。

四  質権設定について

控訴人は、水谷は控訴人に対する金三〇〇〇万円の債務を担保するため、本件保険契約上の権利に質権を設定した旨主張し、差戻前の控訴審証人広野春夫の証言、原審、差戻前の控訴審及び当審における控訴人(当審は第一回)本人尋問の結果によると、水谷は控訴人に対する債務を担保する趣旨のもとに、本件保険契約にかかる保険証券を昭和五二年一一月ないし昭和五三年三月ころの間に控訴人に交付していたことが認められる。

しかしながら、右保険金債権は指名債権であり、指名債権をもつて質権の目的としたときは、民法四六七条の規定に従い、質権設定者が保険会社に質権の設定を通知し、または保険会社がこれを承諾しなければ、質権者はこれをもつて、保険会社その他の第三者に対抗することができないところ、水谷において、三井生命に質権設定の通知をしたとか、あるいは三井生命においてこれを承諾した旨の主張、立証はないから、控訴人は保険金受取人である被控訴人に対し、右質権の設定をもつて対抗することはできない。そうすると、控訴人の右質権設定の主張は、すでにこの点において理由がない。

五  保険金受取人の指定の変更について

控訴人は、水谷が保険金受取人を被控訴人から控訴人に変更した旨主張する。

ところで、保険契約者が一たん定めた保険金受取人を自己の意思のみで自由に変更しうるためには、あらかじめその変更する権利を留保している場合に限られ、保険契約者が保険金受取人の指定、変更権を留保した場合において、右指定、変更は、保険契約者の一方的意思表示によつて有効になしうるものであり、その相手方は必ずしも保険者であることを要せず、前の保険金受取人または新たに保険金受取人となるべきものに対してなしても差支えなく、ただ保険者に対抗するためには、保険者に対し通知することを要すると解するのが相当である(商法六七五条二項、六七七条)。

本件についてみるに、前記乙第四号証によると、本件保険契約においては、保険約款は明らかでないが、保険証券の受取人欄の下部欄外に「保険契約者は保険金受取人を指定し、または変更する権利を留保します。」との記載があり、水谷が保険金受取人を変更する権利を留保していたことが明らかであり、水谷が控訴人宛の念書(乙第三号証)を控訴人に交付していたことは前認定のとおりであるから、右念書の文言によれば、水谷が保険金受取人を被控訴人から控訴人に変更する旨の意思表示をしたものと認めるのが相当である。

しかしながら、水谷が保険者である三井生命に対し保険金受取人の変更の通知をしたことについては、本件全証拠によつてもこれを認めることができないから、控訴人は自己が保険金受取人であることを三井生命に対し対抗することはできず、保険金受取人の権利は確定的に被控訴人に帰属したものというべきである。したがつて、三井生命が被控訴人に保険金を支払つたこと及び被控訴人がこれを受領したことについては何らの違法もない。

六  第三者の弁済について

さらに控訴人は、被控訴人は水谷が保険証券と念書を控訴人に交付していたことを知悉していたので、本件預貯金証書を控訴人に交付することによつて、水谷に代つて同人の控訴人に対する債務を任意に弁済した旨主張する。しかしながら、前認定のとおり、被控訴人は控訴人らに責められ、保険金を受取つてはならなかつたものと思いこんで本件預貯金証書の交付に及んだものというべきであつて、被控訴人が、自身において正当に保険金を受取つたものと認識しながら、水谷の遺志を尊重し、あえて同人に代つてその債務を弁済する意思をもつて右交付に及んだとは認められない。

七  不当利得の不存在について

控訴人は、控訴人の水谷に対する債権証書である金額金三〇〇〇万円の約束手形(乙第一号証)を被控訴人に交付し、水谷の相続人に対し債権回収の手段を失うに至つたから、控訴人に不当利得はない旨主張する。しかしながら、不得利得とは、法律上の原因なくして他人の財産または労務により利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした場合に、その利益の存する限度において成立するものであり、したがつて法律上の原因なくして金銭を受領した者が、たとえそれを債務の弁済と考え、債権証書を返還しても、そのために、その金銭受領者の利得がなくなつたということはできない。

もつとも、債務者でない者が、錯誤により債務の弁済をなした場合において、債権者が善意に証書を毀滅したときは、弁済者は不当利得として、その弁済金の返済を請求することはできないが、前記のとおり被控訴人は控訴人から、保険金の受領権限がないといわれて、本件預貯金証書等を控訴人に交付したに過ぎず、債務の弁済として支払をしたものでなく、また、控訴人が被控訴人に対し金額金三〇〇〇万円の手形を交付したか否かは明らかでないが、仮に交付したとしても、これをもつて、ただちに債権証書の毀滅と目することもできない。そうすると控訴人の右主張は、被控訴人の本件不当利得金返還請求を妨げる理由とはなり得ない。

八  以上の次第で、控訴人において、被控訴人から本件保険金ないし本件預貯金証書の交付を受けるべき権利があるとは認められず、控訴人は、結局のところ、法律上の原因なくして本件預貯金証書の交付を受けることによつて受領した預貯金合計金一三〇七万六五一九円、年賦払分保険金の一括請求金八九二万一四八〇円、合計金二一九九万七九九九円を利得したものというべく、一方被控訴人においてこれが返還を求め得ないような理由も見出すことができず、これと同額の損失を受けたことは明らかであるから、控訴人は被控訴人に対し不当利得金二一九九万七九九九円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年六月一二日からその支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

そうすると、被控訴人の本訴請求は右認定の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきであるが、被控訴人から附帯控訴がないので、原判決が認定した限度で認容すべく、結局のところ原判決は正当で、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九六条後段、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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